海外支援活動②:ペリリュー島 ― 戦争と平和、そして医療
パラオ滞在の中で、最も印象に残った場所があります。
それが ペリリュー島(Peleliu Island) です。
ここを訪れたのは診療が一段落した日。
“観光”というよりは、「日本人として歴史をきちんと認識する為に行く」という感覚でした。
実際に行ってみると、それがすぐに分かります。
■ コロールから船で1時間
朝、港から船に乗り、コロール島を出発します。
この日の天気は最高。
パラオ特有の深い青とエメラルドグリーンが混ざった海がどこまでも広がり、
「ああ、これが世界のダイバーが憧れる海か」と実感しました。

波は多少ありますが、揺れもそこまで強くなく、景色を眺めるだけであっという間に時間が過ぎます。
1時間ほど進むと、島影がはっきり見えてきます。
緑に覆われた静かな島ときれいな海が広がっています。
その姿はほんの80年前に戦争があったとはとても思えない、そんな素晴らしい場所です。
■ ペリリュー島は“激戦地”の象徴
ペリリュー島は、太平洋戦争の中でも特に激しい戦いが起きた場所のひとつです。
1944年9月〜11月、約2ヶ月にわたる戦闘で、日本兵1万人以上が命を落としたと言われています。
当時の島の日本軍守備兵の生存率は非常に低く、「玉砕の島」とも呼ばれてきました。
ガイドさんは日本語が堪能で、移動中ずっと歴史を説明してくれました。


話を聞きながら島を巡ると、数字だけでは分からない“重さ”が胸にのしかかってきます。
■ 触れられる戦争遺構
ペリリュー島の戦跡は、他の戦地と比べると「距離が近い」ことが特徴です。
柵の向こうではなく、そのままの形で残されている。
これは世界的にも珍しいそうです。
歩いていると、突然「戦車」が目の前に現れます。

錆びついたアメリカ軍の戦車で、触れることもできる。
手を置くと、金属の冷たさではなく、なんとも言えない重さを感じます。
次に案内されたのは 日本軍のゼロ戦の残骸。

こちらも手を伸ばせば触れられる距離にあり、
プロペラ部分やエンジンの残りが草木の間から見えていました。
さらに進むと、岩山の中に掘られた 防空壕(通称・千人壕) があり、
当時のガラス瓶や生活道具がそのまま残っていました。


正直、写真で見たことは何度もあっても、
“今もそこにある”という現実は全く別物です。
■ 西太平洋戦没者の碑と“時間が止まる感覚”
ペリリュー島にはペリリュー平和公園にある西太平洋戦没者の碑があります。
天皇皇后両陛下も訪れたことがある場所で、
その前に立つと、言葉が出なくなります。


ガイドさんが静かに話してくれました。
「ここには、最後まで戦った人たちが眠っています」
「まだ見つかっていない遺骨もたくさんあります」
潮風の音しか聞こえない静かな場所なのに、
心の中では、戦地の叫びや足音を想像してしまう。

“時間が止まっている”と言われる理由が分かりました。
■ 島は今も“地政学の最前線”
平和な観光地に見えますが、ペリリューは今もアメリカ軍の施設があり、
パラオ自体もアメリカと強い関係を持つ国です。
ガイドさんが言っていました。
「今、中国からの進出も増えていて、
パラオは国としてどうバランスを取るか難しくなってきている」と。
南の楽園のような島にも、世界情勢の影響は確実に届いている。
観光で見る景色の裏に、現実の緊張感が存在していることを強く感じました。
■ 戦争=“命を奪う行為”
医療=“命を守る行為”
ペリリュー島を歩いていると、自然とこの2つが頭の中で並びました。
戦争では、人を傷つけ、奪う。
医療は、傷ついた人を守り、繋ぐ。
どちらも“人の体”に関わる行為ですが、
方向性はまったく正反対です。
そしてその「命を守る医療」は、平和な環境がなければ絶対に成り立たない。
そんな当たり前のことを、改めて突きつけられました。
■ 島を歩きながら感じた「パラオの人の強さ」
戦後80年近く経った今も、遺構が残るペリリュー島。
しかし、島の人たちは穏やかで、優しく、まっすぐです。
戦争の記憶を抱えながらも、
「今を生きて幸せに暮らす」という力強さを感じました。
小さな国ではあるけれど、
そういう“人の強さ”がパラオという国を支えている気がします。
■ ペリリュー島で感じたことは、診療室にもつながった
この島を訪れたあと、
私は再びパラオ国立病院での診療に戻ったのですが、
その時の気持ちは明らかに違っていました。
「平和だからこそ、今ここで医療ができる」
「命を守る行為を、自分は職業にしている」
「だからこそ、患者さんの“今日”を大事にしよう」
そんな気持ちが強くなっていました。
どんなに設備が不足していても、
どんなに限られた治療しかできなくても、
“目の前の患者さんの痛みを取ること”が、
どれだけ尊い行為なのかを改めて感じました。
■ ペリリュー島は、「医療の原点」を考えさせる場所
こうしてペリリュー島を歩いた時間は、
ただの観光ではなく、とても大切な学びになりました。
南国の美しい海と、戦争の記憶。
そのギャップを肌で感じることで、
“今の自分の仕事の意味”がよりクリアになった時間でした。
パラオにもしいかれる際には今そこにある戦争の記憶に是非とも触れていただきたいと思いますね。


