海外支援活動③:パラオでの歯科診療 シンプルに治療する、ということ
「医療とは、本来はこんなにシンプルなんだ」
この言葉に尽きます。
もちろん、シンプルだから良い、複雑だから悪いということではありません。
ただ、日本で日々診療をしていると、どうしても
“情報量の多さ” “制度の複雑さ” “治療の選択肢の多さ”
が重なっていきます。
それが悪いわけではない。
むしろ、医療レベルの高さとして誇るべきことです。
でも、パラオの診療室に立ったとき思ったのは、
「複雑になりすぎたことで、見えづらくなっていたものがある」
ということでした。
■ 日本の歯科は“高度化しすぎている”のかもしれない
日本の歯科医療は、世界的に見てもかなりレベルが高いと言われます。
保険制度があって、予防歯科の普及率も高く、治療の選択肢も豊富。
保険診療と自費診療を組み合わせれば、かなり高度な治療まで対応できます。
ただ、その一方で、
治療時間の制限
点数計算
説明義務
写真・同意書・契約書・カルテ記載
トラブル防止のための対応
とにかく“考えなきゃいけないこと”が多い。
治療そのものより、周辺の業務・準備・配慮が
診療時間を圧迫することも珍しくありません。
言い方を選ばずに言えば、
「治療そのものに集中しづらくなっている」
そんな空気感すらあると思います。
もちろん、これには理由があるし、必要な仕組みです。
ただ、パラオでの診療を経験すると、
この“複雑さ”がどれほど日本の現場の負担になっているかを
久しぶりに痛感した気がしました。
■ 一方でパラオでは、“今日の痛みを取る”ことだけに集中
パラオでは、患者さんのほとんどが
「痛みを取ってほしい」
という目的で来院します。
理由は単純で、
歯科医院が少ない
治療費が高い
通院が難しい
今日しか来れない
保存治療を受ける仕組みが整っていない
こうした背景が重なっているからです。
実際の診療でも、
検査・資料採得・治療計画…といった流れより、
とにかく “その場で問題を解決する” ことが重視されます。
初めて診た患者さんが
「今日もう眠れないレベルだから助けてほしい」
と言ってきた場面がありました。
診察してみたら深い虫歯で感染が強く、
根管治療も選択肢としてはあります。
でも彼の選択は最初から “抜歯一択”。
処置後の彼の表情を見て、
「これで安心して寝れるよ」
と言ってくれた瞬間、
その“シンプルさ”にハッとさせられました。


医療って、本来こういうものだったんじゃないか?
そんな感覚がふと湧いてきたんです。
■ シンプルな治療の背景には“生活のシンプルさ”がある
パラオの人たちは、生活全体がとてもシンプルです。
夜は早く寝る
家族で過ごす時間を大事にする
島全体で助け合う文化が根づいている
仕事よりコミュニティを優先する人も多い
そんな国にある医療も、自然と「シンプル」にならざるをえない。
これは決して“レベルが低い”という意味ではなく、
社会の構造そのものが違うということです。
高度な治療を求める文化が根付くには、
「時間」「お金」「通院しやすさ」「教育」がセットになって必要です。
パラオではその多くが現実的ではない。
だからこそ、
今日の問題を今日解決する医療
が主流になるわけです。
■ それなのに、診療はものすごく“楽しかった”
正直、最初は驚くことの連続でした。
ライトが暗い
水が出ないユニットがある
バーが折れやすい
パノラマのレントゲンは壊れたまま
材料の選択肢が極端に少ない
日本では考えられない状況です。
でも、そんな中での診療は不思議と とても楽しかった。
なんで楽しいのか自分でも分かりませんでしたが、
しばらく考えていて気づいたのは、
“余計なことを考えず、治療そのものに集中できる時間だった”
ということです。
点数も、書類も、しがらみも関係ない。
ただ、目の前の患者さんを助ける。
痛みを取る。
安心して帰ってもらう。
それだけに全力を注げるという状況は、
日本では意外と少ないのかもしれません。
■ シンプルな治療は、シンプルな人間関係を生む
パラオの診療では、
スタッフとの関係性も日本と少し違います。


現地スタッフは非常に協力的で、
英語が少ししか通じなくてもコミュニケーションが成立します。
お互い笑顔
ジェスチャーが多い
相手のリズムに合わせる
言葉より“気持ち”が優先
そういう関係が自然と出来上がります。

診療中も無理に急かしたり、
完璧を求めたりする空気がありません。
みんな自然体で動いていて、その分、
奇妙なほどスムーズに治療が進んだりします。
シンプルな治療は、
シンプルな関係性も作るんだと実感しました。
■ “シンプルに治す”という価値観を忘れていたのかもしれない
日本で日々忙しく診療していると、
どうしても複雑な治療・計画・説明が必要になります。
もちろん、それは患者さんのためであり、医療の質の向上でもあります。
むしろ伝わっていないと不安になりますし、ちゃんと同意のもとでしか医療は成り立たないと思っています。
ただ、パラオでの診療を経験すると、
「複雑さの中で、シンプルな医療の喜びを少し忘れていたのかもしれない」
と、思わされました。
シンプルに治す。
患者さんの今日を楽にする。
安心して帰ってもらう。
それがどれだけ大切なことなのか。
パラオでの診療の日々は、それを強烈に思い出させてくれました。
■ “シンプルさ”は、決してレベルの低い医療ではない
誤解してほしくないのは、
ここで言う“シンプルさ”は「簡素」「適当」ではないということです。
パラオの医療は、本当にできることが限られています。
それでも、患者さんを救いたいという思いはどこにも負けていない。
シンプルとは、“本質だけが残った状態” のこと
診療が複雑化した日本では、
どうしてもその“本質”が見えにくくなります。
だからこそ、パラオで感じたこのシンプルさは、
これからの日本での診療でも大事にしていきたい価値観だと思いました。
2025年12月10日 00:45


